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【アラベスク】  第18章 恋愛少女



第2節 休日の午後 [12]




 そうだ、僕を騙しているという証拠でもあるのか? 霞流の家に?
 知りたい。聞きたい。
 衝動が瑠駆真を掻き毟る。必死に抵抗する。
 一方、言ってはみたものの、明確に提示できる証拠も事象も持ち合わせてはいない緩。相手の言動に不信は抱きながらも、それ以上食い下がる事ができない。
 結局はどう返答すればいいのか窮する相手に、瑠駆真は溜息をつく。もう白い息など漂わない。指先も冷たくは無い。だが時刻は零時を過ぎている。
「こんな夜更けに、くだらない時間潰しはしたくない。寝過ごして遅刻するのも御免だからね。僕は行くよ」
 そうして背を向け、通りを去っていった。その後姿を呼び止めたいとは思いながら、だがどう声をかければよいのかわからず、結局は苛立ちを滲ませたまま見送るしかない緩。
 明らかに、動揺はしていたと思うんだけれど。
 右手を胸に当てる。
 失敗、したかと思っちゃった。
 大迫美鶴を悪く言えば、瑠駆真の反感を招くのは間違いないとは思っていた。実際、それなりに反感は買ったとは思う。だが、思わぬ収穫もあった。
 霞流。
 あの家に、何かあるのだろうか? そもそも、大迫美鶴がどうして幸田さんとあんなに仲が良いのか、それを不思議だとは思っていた。
 幸田さん。そうだ、そういえば、衣装はどうなったのだろう?
 連絡、取ってみようかな?
 緩はポケットに手を突っ込み、携帯を握り締めた。





 GWの電車は、富丘へ向かう路線は空いていて、でも誰もがなんとなく澄ましているようで、緩は落ち着かなかった。電車には乗り慣れているが、普段乗らない路線というのはそれなりに新鮮だし、富丘という土地へ向かっているという緊張感もある。
 あの土地に用事のある人って言えば、お金持ちに決まっている。
 そんな場所へ今の自分が向かっているのかと思うと、なんとなく優越感が沸く。
 幸田にはすぐに連絡を取った。丁寧な口調で応対され、同時に謝罪された。
 主人の一人である霞流聖美(きよみ)という女性の仕事が忙しいらしく、それを手伝っている幸田も何かと忙しかったらしい。もともと商品として売り出すつもりではなかった緩の衣装は、ついつい後回しになってしまっていたのだとか。
 GWには一段落するから、そうしたら再び手を掛ける事もできる。どうせ学校も休みなのだろうから、よかった来ないかと言われ、緩は躊躇はしたものの、結局は承諾した。
 駅を出て、丘の上を目指して坂を上る。新緑の美しい街路樹が品良く並び、洗礼された住宅街が続く。ところどころに顔を覗かせるカフェのような佇まいのテラスで、婦人が午後のひとときを堪能している。
 素敵。
 緩はチラリとそちらへ視線を投げ、だが慌てて口元を引き締める。
 馬鹿、世間を知らない庶民に間違えられるでしょっ!
 背筋を伸ばし、まるでこの(とお)りなどいつも(かよ)い慣れているかのような気取り足で坂を登っていった。
 だが、さすがに門の前では気後れした。
 インターフォンを押すと、すぐに反応があった。幸田が事前に他の人間へも知らせておいてくれたようで、すんなりと中へ入れた。
 映画のセットの中にでも紛れ込んだかのような庭。ちょうど一年ほど前に、義理の兄がこの庭を通った。植物園かと驚嘆した。
 素敵ね。
 周囲の鮮やかな緑に見惚れながら玄関へと向かった。
 幸田には笑顔と共に迎えられ、応接へ通されると今度は申し訳なさそうに詫びてきた。
「ごめんなさい。ちょっと急に仕事が入ってしまって」
「え?」
「聖美様に、至急の手直しをお願いされているの。どうしても時間が無くって。一時間ほど待っていただけるかしら? お呼びたてしておいて本当に申し訳ないのですけれど」
「はぁ」
「こちらの応接室は自由に使って頂いて構いません。テレビもありますから自由にご覧になっていてください」
「は、はい」
「お茶をすぐにお持ちしますね。こちらの壁のベルを押していただければ、誰かはやってきますから」
 そう言うと、幸田は慌しく部屋を出て行った。
 忙しいんだな。
 屋敷仕えというとのんびりとしたイメージがあるが、忙しい時もあるようだ。と言うか、忙しいのは聖美という女性のせいらしい。
 女主人?
 ゴージャスに髪の毛を膨らませ、奇抜な化粧で顔を多い、顎を上げて自分を見下す女性を想像した。それが緩のイメージだ。
 幸田さん、大変そう。
 会った事も無い女性は、緩の中で勝手に妄想され、それは気難しく我侭な女性となって、幸田をあれこれとコキ使う。
 使用人って、大変なんだなぁ。あ、でも、ここの屋敷はその聖美ってひと一人の家ではないんだよね。
 他には?
 ソファーに腰を下ろし、顎に手を当てる。その耳に、甘く沁み入るような声。

「霞流慎二と美鶴の事を、何か知っているのか?」

 大迫美鶴に、駅舎の管理を依頼した人物、だっただろうか?
 その程度の情報なら緩も手に入れている。なにせ華恩(かのん)の命令で美鶴の周囲を勘ぐっていたのだから。
 だが緩は、その人物の顔も知らない。当時、華恩の関心は瑠駆真と美鶴との関係にあった。たかが駅舎の管理を依頼した人物など、さして重要でもないと思っていた。
 大迫美鶴との関係? 駅舎の管理を依頼されただけという関係では、無いのだろうか?
 ほどなくして、女性が一人、盆に紅茶を乗せてきた。幸田はしばらく手が離せない。用があれば壁のボタンを押して欲しいと告げた。紅茶がセットされていくのを見ながら、その沈黙に耐えかねて、素敵な庭ですねと言ったら、屋敷は広いので、一人で見て回るのは辞めて欲しいと言われた。
 別にそういうつもりじゃなかったんだけどな。見物客根性でもあるのかと勘違いでもされただろうか。
 なんとなく小っ恥ずかしくなり、それ以上は何も言えなくなってしまった。だから、霞流慎二の名前も出せなかった。







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